「友引」に葬儀をしても何ら問題はありません。
親鸞聖人はご和讃にこのように仰っています。
かなしきかなや道俗の 良時・吉日えらばしめ
天神・地祇をあがめつゝ 卜占祭祀をつとめとす 「正像末和讃」(残念なことに、今日の出家や在家の人たちは、日時の善悪を選んだり、
天神・地祇をうやまったりして、占いごとや祈祷などにうきみをやつしています)
このように、親鸞聖人は、そもそも日の吉凶を選ぶこと自体が仏教の教えにはそぐわないたいことを仰っています。
そもそも、「友引」等が書いてあるのは「六曜」という、仏教には何ら関係ない日の吉凶を占うものから来ています。因果の道理を説く仏教では、日の吉凶を気にする必要がないのです。日の吉凶にとらわれることによって、身を惑わせ心を煩わせるのが私です。ですので、お念仏の教え、阿弥陀様のおよび声に耳を傾け、そういったものに惑わされない人生を送ることが大切です。
「ともびき」はそもそも「友引」ではなかった?
友引というのは「日の吉凶を占う六曜から来ている」と上で申し上げましたが、この六曜でも、もともとは友引という漢字では使われておりません。もとは「共引」と表記されていました。それが、伝わっていくにつれて、現在の漢字に置き換わったものと考えられます。
この「共引」にも、友を引き連れていくといった意味はありません。ですので、もし葬儀の日取りが友引になった時、気にされる方がいらっしゃったら、そういったこともお話しして差し上げると、お互い心を込めて葬儀に臨めるのではないでしょうか。
「友引」に葬儀ができない場合もある?
残念ながら、そういった場合もあります。特に慶念寺がある川崎市はそういったことが多くあります。なぜかと申しますと「火葬場が開いていないから」です。そういった場合はやむを得ず、他の日程にすることもあります。しかし、ご家族や近しい方が揃いやすく、かつ葬儀も行えるようでしたら、友引を避ける必要は全くありません。