4月の掲示 「わかっちゃいるけど『この服小さくなっちゃった…』と言ってしまう私」

とうとう年度が替わりましたね。

年度初めの事務作業にこれからどんどん取り掛かっていかなければならないと思うと、若干気が重いです。

娘も今年度から、ランドセルの黄色いカバーを外して2年生のお姉さんとして登校することになります。早いなぁ…

さてさて、今月の掲示は

わかっちゃいるけど「この服小さくなっちゃった…」と言ってしまう私

です。

今年は、寒の戻りが多くてなかなか衣替えが難しい日々が続いています。

3月の後半に夏日が訪れたかと思うと、3月の末は寒い。

なかなか服装の管理が難しいです。

そんな中、子どもたちの衣替えや、自分の衣替えも少しずつ進めていかなければなりません。

子どもたちの衣替えは、基本的には妻にお任せしているのですが、朝の支度をしている時に息子を着替えさせていると

このズボン、もう短いねぇ!

と言ってしまうことも多いです。

その他にも、かつてはお洋服が好きだった私。

特に大学生のころは、色々やりくりしてちょっと背伸びしたお値段の服などを買ったりすることもありました。

やっぱりそれが中々捨てられません。特にズボン。

なので、衣替えの時に時々思い出して履いてみるのですが、

足は通るんです。なんとか、若干の締め付けを感じつつも、

でも、ボタンが閉まらない。

頑張っても閉まらない。

そういった時に、つぶやくんです。

この服小さくなっちゃった…

子どもの服もそうですが、しまい込んでおくと服って小さくなってしまうんですよね。

これを読んで「違うだろ!」と思う方もいらっしゃれば、うなずいてくださる方もいらっしゃることだと思います。

そう。わかっているんです

私が大きくなったんです。子どもの服にしても、子どもが成長したんです。

でも、言ってしまうじゃないですか。

「この服が小さくなっちゃった…」

と。

これは、自分中心のものの見方の1つのあらわれだとえるのではないでしょうか。

ありのままに見るのではなく、あくまでも「自分」が基準となって物事を見る。そして、その基準となる「自分」と言うのは移り変わっていくものなのです。

ご法話で、時々「自分中心のものの見方」と言うお話をします。自分中心のものの見方、と言うのは「自分がよければいい」ではなく、

わかってはいるけど、自分を基準に考えてしまう私のあり方を表しているんです。

だから、理想と現実の間に苦しむ。それが私たちなんです。

今回は、服でお話しましたが、それが健康のこともあるかもしれません。キャリアのこともあるかもしれません。

人間関係のこともあるかもしれません。

自分中心のものの見方で見ていると、どうしてもままならないのが私たちの人生なのです。

でも、ここから離れられないのも私たち。だから時として傷つけあってしまうことも、苦しむこともあるのです。

そのような私たちだからこそ、届いてくださるはたらきがある。とらわれから離れられないからこそ「そのまま抱きとるよ」という阿弥陀如来が届いてくださっているんです。

そのおはたらきの中にあるからこそ、自分自身のあり方を見つめ、一歩一歩しっかりと歩んでいこう。

そう思い、今月の掲示を

わかっちゃいるけど「この服小さくなっちゃった…」と言ってしまう私

にいたしました。

 

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