
とうとう年度が替わりましたね。
年度初めの事務作業にこれからどんどん取り掛かっていかなければならないと思うと、若干気が重いです。
娘も今年度から、ランドセルの黄色いカバーを外して2年生のお姉さんとして登校することになります。早いなぁ…
さてさて、今月の掲示は
わかっちゃいるけど「この服小さくなっちゃった…」と言ってしまう私
です。
今年は、寒の戻りが多くてなかなか衣替えが難しい日々が続いています。
3月の後半に夏日が訪れたかと思うと、3月の末は寒い。
なかなか服装の管理が難しいです。
そんな中、子どもたちの衣替えや、自分の衣替えも少しずつ進めていかなければなりません。
子どもたちの衣替えは、基本的には妻にお任せしているのですが、朝の支度をしている時に息子を着替えさせていると

と言ってしまうことも多いです。
その他にも、かつてはお洋服が好きだった私。
特に大学生のころは、色々やりくりしてちょっと背伸びしたお値段の服などを買ったりすることもありました。
やっぱりそれが中々捨てられません。特にズボン。
なので、衣替えの時に時々思い出して履いてみるのですが、
足は通るんです。なんとか、若干の締め付けを感じつつも、
でも、ボタンが閉まらない。
頑張っても閉まらない。
そういった時に、つぶやくんです。

子どもの服もそうですが、しまい込んでおくと服って小さくなってしまうんですよね。
これを読んで「違うだろ!」と思う方もいらっしゃれば、うなずいてくださる方もいらっしゃることだと思います。
そう。わかっているんです
私が大きくなったんです。子どもの服にしても、子どもが成長したんです。
でも、言ってしまうじゃないですか。
「この服が小さくなっちゃった…」
と。
これは、自分中心のものの見方の1つのあらわれだとえるのではないでしょうか。
ありのままに見るのではなく、あくまでも「自分」が基準となって物事を見る。そして、その基準となる「自分」と言うのは移り変わっていくものなのです。
ご法話で、時々「自分中心のものの見方」と言うお話をします。自分中心のものの見方、と言うのは「自分がよければいい」ではなく、
わかってはいるけど、自分を基準に考えてしまう私のあり方を表しているんです。
だから、理想と現実の間に苦しむ。それが私たちなんです。
今回は、服でお話しましたが、それが健康のこともあるかもしれません。キャリアのこともあるかもしれません。
人間関係のこともあるかもしれません。
自分中心のものの見方で見ていると、どうしてもままならないのが私たちの人生なのです。
でも、ここから離れられないのも私たち。だから時として傷つけあってしまうことも、苦しむこともあるのです。
そのような私たちだからこそ、届いてくださるはたらきがある。とらわれから離れられないからこそ「そのまま抱きとるよ」という阿弥陀如来が届いてくださっているんです。
そのおはたらきの中にあるからこそ、自分自身のあり方を見つめ、一歩一歩しっかりと歩んでいこう。
そう思い、今月の掲示を
わかっちゃいるけど「この服小さくなっちゃった…」と言ってしまう私
にいたしました。
4月の法話会
4月の法話会は20日(日)14時から
「定例法話会」を行います!
講師は住職。なので、本当に気軽にお参りください。
特に難しい決まりはありません。
手ぶらで、普段着でOKです。もしお持ちでしたら、お念珠と式章をお持ちください。
ご希望の方には、お一人につき1本式章を差し上げます。
ご法事やお葬儀のご相談はお気軽に
慶念寺とゆかりがない方でも、ご法事やお葬儀のご相談はお気軽になさってください。
「火葬だけしたんだけどやっぱりお経をあげて欲しい」「派遣でお坊さん呼んだんだけど、以降連絡が出来ない」
そんなご相談も承ります。もちろん、その他のご相談もお気軽にお尋ねください。相談のみでも大丈夫です。
できる限り丁寧に対応いたします。
の問い合わせフォームからでも結構ですし、お電話でのご相談も承ります。直接いらっしゃる場合は一度ご連絡ください。