9月の掲示「スキップしたくなる仕事」

9月になりましたが、まだまだ暑い日が続きそうですね。

「暑さ寒さも彼岸まで」なんて言うこともありますが、今年はどうなるでしょうか。

さてさて、今月の掲示ですが

9月の掲示「スキップしたくなる仕事」

私はラジオが大好きで、仕事中や夕食づくりをしている時などにラジオを聴きながら作業をしています。

そんな時に流れてきたのがリポビタンDのラジオCM。

「スキップ編」と言うらしく、リポビタンDのホームページでも聞くことが出来ますので、是非聞いてみていただけたらと思います。

皆さんは「スキップしたくなる仕事」と聞いて、どんなことを思い浮かべるでしょうか。

「スキップしたくなる用事」に置き換えていただいても面白いかもしれません。

まさに、このラジオCMが意味するところなのですが、

私がこれを聞いた時に思ったのは、「嫌だなぁ、やらなくていいならやりたくないなぁ」でした。

面白いので、妻にも

スキップしたくなる仕事って聞いてどう思う?

と聞いてみると

楽しみにしている仕事かな~
坊守

という返事が返ってきました。

面白いですよね。同じことを聞いても受け取り方は違うんです。

「表現」とはそういうものなのだと思うとともに、人間の本質的なところに問いかけるのが「表現」なのだと改めて思いました。

是非、これをご覧の皆様もこの質問を身近な方に投げかけて見ていただきたいと思います。

結婚する前から考えると、人生の半分近く妻と一緒に過ごしておりますが、それでも同じことを聞いても感じ方は違う。

私たちは一人ひとり別々の人間です。

どれだけ同じ時を過ごしても、どれだけ同じものを見てきても、

全く同じ時間を過ごしてきたわけではないし、全く同じように物事が見えているわけでもありません。

しかし、私たちは時として相手も自分と同じ考えをすると思ってしまう。

そうして、すれ違ってしまったり争ってしまうこともあります。

これを「自分中心のものの見方」と言うのです。

自分中心のものの見方とは「自分さえよければそれでいい」という考え方を表しているのではありません。

もっと根本的で、現れ方も多様なのです。

そして、なくそうと思ってもなくせるものではありません。

しかし、分かり合おうとすることは出来る。

理解するという事が、分かり合うという事ではありません。

自分と相手で違うところがある。

それを踏まえて、互いに尊重し合うことが「分かり合う」という事なのではないでしょうか。

ラジオを通して、改めてそこを考えさせていただきました。

 

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9月の法話会は21日(日)
14時から慶念寺にて
「秋のお彼岸法要」を行います!
講師は住職です

お彼岸の法要となりますので、過去帖やお位牌などをお持ちいただきましたらご安置してお参りいたします。

特に難しい決まりはありません。喪服を着てこなくても大丈夫です。

手ぶらで、普段着でOKです。もしお持ちでしたら、お念珠と式章をお持ちください。

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