
今年も1か月が過ぎましたね。
スタートはゆっくりだったのですが、怒涛の勢いで一月が過ぎ去っていきました。忙しかった~
さてさて、今月の掲示は
「ひとやすみ」
です。
毎月掲示を考えるのは、なかなか大変です。

と思ったことも何度もあります。
ただ、毎月発行している寺報でもこのブログを再編集したものを載せているのですが、
「毎月楽しみにしています」「心が軽くなるんです」
そんな言葉をいただくことも増え、それを励みに頑張っております。
最近、ご法事の時などにお話をすることがあります。
それは
「仏様の前は、ちゃんとしなければいけない場所ではありません」
という事です。お参りの時に「失礼があっちゃいけない」「ちゃんとしないといけない」と思うことは多いのではないでしょうか。
もちろんその気持ちは大切です。
しかし、それだけだと肩の力が入りすぎてしまい、結果としてお参りの足が遠のいてしまうのではないかとも思うのです。
仏様の前というのは、肩の荷が下せる場所。弱音がはける場所だと私は考えております。
その上で、作法とマナーについて少しお話をします。
昨今、マナーは「失礼の無いようにすること」に昨今は重点が置かれており、作法と混同されてしまっているように思います。
作法というと「形式的で伝統的な決まり」のようなイメージがあるかと思いますし、「そうしなければならないこと」と思われているのではないでしょうか。
私は作法とは「敬意を示すためのもの」だと考えています。
その中で、先達たちの積み重ねにより今の形式がある。しかし、それも時代や人によって変遷してきたのでしょう。
それが、情報の伝達が容易になり型が定まったのではないでしょうか。
作法において、重要なのは「型」ではなく「気持ち」なのです。
「ちゃんとしなければならない」が行き過ぎると、仏様や先立って行った方たちを「私たちを見咎める存在」にしてしまいます。
それでは、私たちの気持ちは休まりません。
でも、そうではない。
だから、あまり型にこだわらず心を込めてお参りいただければと思います。
もちろん、聞いていただければしっかりと「型」はお伝えいたします。
でも、雑にさえならなければ間違えたっていいんですよ。
仏様の前は「ひとやすみ」出来る場所。「肩の荷が下せる場所」であり「弱音がはける場所」なんです。
そういった場所がある人は、今度は誰かを休ませてあげられる人になるのだと思います。
「ひとやすみ」が「他人息み(ひとやすみ)」につながっていく。
無理はしなくていいんです。
「ひとやすみ」を大切にしながら、1日1日を丁寧に過ごさせていただきたい。
慶念寺も誰かが「ひとやすみ」場所でありたい。
そう思い、今月の掲示を
「ひとやすみ」
にいたしました。
2月の法話会
2月の法話会は2月15日(日)
14時から慶念寺にて
「定例法話会」を行います!
住職がお話をする予定です
今回は、定例法話会なので住職がお話をします!
特に難しい決まりはありません。喪服を着てこなくても大丈夫です。
手ぶらで、普段着でOKです。もしお持ちでしたら、お念珠と式章をお持ちください。
ご希望の方には、お一人につき1本式章を差し上げます。
ご法事やお葬儀のご相談はお気軽に
慶念寺とゆかりがない方でも、ご法事やお葬儀のご相談はお気軽になさってください。
「火葬だけしたんだけどやっぱりお経をあげて欲しい」「派遣でお坊さん呼んだんだけど、以降連絡が出来ない」
そんなご相談も承ります。もちろん、その他のご相談もお気軽にお尋ねください。相談のみでも大丈夫です。
できる限り丁寧に対応いたします。
の問い合わせフォームからでも結構ですし、お電話でのご相談も承ります。直接いらっしゃる場合は一度ご連絡ください。