ともかくも あなた任せの としの暮れ

 いよいよ今年も残すところ今日明日の2日のみとなりました。今年は2月ごろから段々と状況が変わり、3月を過ぎるころには今までとは全く違った1年になるであろうことが想像できました。

 そこから緊急事態宣言が発出され、不安な中日々を過ごし、解除され少し気が緩んだ頃に感染者数が増加傾向をたどり、予断を許さない日々が続いています。医療現場に勤めている皆様には頭が下がるとともに「うつらない、うつさない」そういった思いが大切と、日々を過ごしております。

 さて、今日のタイトルですが、小林一茶さんの句をタイトルにいたしました。『おらが春』の最後に詠まれているている句です。この句ので重要なのは「あなた」の部分です。あなたというのは、目の前にいるどこそこのあなたということではありません。ここで言う「あなた」は「仏」ひいては「阿弥陀如来」を意味します。

 この『おらが春』の中には、娘が生まれ、そしてほどなくして病気による今生の別れが描かれています。初めて読んだときは、同じ年頃の子どもを持つ身として、胸をつかまれる思いでした。娘と別れ、阿弥陀様におまかせする年の暮れ。どのような心持だったのでしょうか。

 私はこのタイトルの句について一茶さんがどうのこうのと言いうわけではないんです。ただ、今年も暮れになり、ふと思い浮かんだのがこの句だったんです。

 今年は様々なことがありました。そして、様々なことがある一方、様々なことが出来なくなりました。今まで出来たことが出来なくなる不安。あえた人にあえなくなるさみしさ。多く方が、悲しみや不安の感情にさらされた1年だったのかもしれません。

 私も同じく、今年の1年間はどうしようもない不安にさらされました。明日どうなるのか。来年の今頃はどうなっているのか。そんなことばかり考えていた時もありました。しかし、同時に突き動かされた1年でもあったように思います。

 今年も1年が終わります。大変な1年ではありましたが、いつもと同じ1年です。長くも短くもありません。沢山悩み、たくさん苦しみ、たくさん悲しみ、たくさん笑った、かけがえのない1年です。

 ともかくも あなたまかせの 年の暮れ

 どんな1年であろうとも、どんな私であろうとも変わらずにそのお救いで包み込んでくださる阿弥陀様がいらっしゃる。簡単に右往左往する私です。でも、だからこそ、阿弥陀様のお救いは届いて下さっている。阿弥陀様は「悩むな」とはおっしゃらないんです。私をその悩みごと、全て包み込んでくださるんです。

 どんなに右往左往しようとも阿弥陀様の御手の中。そう考えると「あぁ、私は安心して悩んでいいんだ」と心が少し穏やかになります。

 私は今年も1年、阿弥陀様のおはたらきの中で、このいのちを送らせていただきました。有難いことです。これからもまたお念仏とともに、日々を送らせていただきます。

南無阿弥陀仏。

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