長念寺の彫刻

長念寺の本堂

 今日は、実家の彫刻について少し触れたいと思います。

詳しくは川崎市教育委員会のHPにある説明をご覧いただくのが一番だと思います。が、是非お近くの方には足をお運びいただきたいですし、遠くの方も一度お参りしていただきたいのでここでも少しお話をしたいと思います。

 昨日のブログで登戸稲荷神社の彫刻についてお話をいたしました。実は、私の実家の長念寺にも彫刻が多くなされているのです。

 上の写真を見ていただきますとお分かりいただけるようにこのように向拝(本堂の入口)にも彫刻がなされております。

今日は写真をいっぱいとってきたので写真をいっぱい載せますよー

 次はコチラ。本堂の中の彫刻です。スライドショーでまとめてドンっ!

 四か所別の柱を写真に撮ってきました。

私、実はこの彫刻見慣れていたので、特に何も思うところはありませんでした。しかし、この本堂の彫刻、現代では再現することは難しいそうです。

 恥ずかしながら、子どものころから、この本堂とともに育った私。これが普通だと思っていました。いま改めてみますと

「これどうやって彫ったんだろうか」

と思うくらい、細かく内部まで彫刻がほどこされています。次に山門を見てみましょう。

山門の彫刻はこのようになっております。川崎市教育委員会のHPによると

山門は、丸柱(まるばしら)の前後の控えの角柱(かくばしら)を立てた四脚門(よつあしもん)で、丸柱の上に冠木(かぶき)を渡した和様(わよう)の形式です。総欅(そうけやき)の木地(きじ)仕上げの建物で、組物(くみもの)の間の小壁(こかべ)や二重虹梁を架けた妻壁(つまかべ)を彫刻で埋めています。また木鼻(きばな)や持送り(もちおくり)の彫刻、虹梁表面の浮彫(うきぼり)、あるいは冠木の地紋彫(じもんぼり)など彫刻を多用し、幕末期の特徴をよく示しています。大工棟梁は登戸村の小林彌太郎信久、彫工は名工といわれた江戸深川の後藤弥太郎氏前です。

川崎市教育委員会HP

とのことです。彫刻がメインで写真を撮っておりますので、山門自体はしっかりと写っておりません。実物が見たい方は是非お参りくださいませ。

 と、このように精密な彫刻がほどこされております。

 先日なぜお散歩で、登戸神社のに行ったのか(昨日のブログ「彫刻と昨日の話」参照)。実は、父いわく登戸神社の彫刻を彫った方と長念寺の彫刻を彫った方。同じ方かもしれないとのことでした。なので、息子とのお散歩ついでにしっかりお参りしてみようと思ったのです。

 地域の風習として、長念寺の門徒総代を勤めた方が、登戸稲荷神社の氏子総代も勤めていることが多かったそうです。なるほど。それなら彫工が同じでも納得です。

それだけ、長念寺と登戸稲荷神社が地域の中心だったということですね。

 今でこそ、実家がある登戸や慶念寺のある中野島も移り住んできた方が多いですが、もともと古い街です。どちらも地域の人を支え、支えられてきたのですね。

そういった方々がいらっしゃったからこそ、今私はどちらにもお参りできている。

 慶念寺の歴史は浅いです。私が初代ですから。

しかし、だからなおさら受け継がれてきたものの大切さを感じます。

 浄土真宗の教えも多くの方に大切にされてきたからこそ、今私が出あうことが出来た。お寺に生まれたから出あったんじゃあない。私の知らない多くの方々が大切にしてきたからこそ出あったんだ。

 そう思うと、昔の方からとても大切なバトンを受け取ったような気持ちになります。

 有難いですね。今の私は沢山のご縁によってあったんです。

彫刻からそんなことを感じさせていただいた今日この頃です。

これまでの法話会。メニューのオンライン法話会から、お参りいただけます。時間がなかったという方。ぜひお手すきの時にでもお参りください。今月の法話会は下の画像からお参りいただけます。

上の画像からYouTubeにとべます

 

-日日慶念寺(ブログ)

© 2021 浄土真宗本願寺派 川崎多摩布教所慶念寺