3月の掲示「方便とは、やさしき手立てです」

3月になりました。今年度も最後の月です。

慶念寺も3月の法人登記に向けて、着々と準備を進めております。

さて、今月の掲示は

「方便とは、やさしき手立てです」

です。

先日、ある方のお葬儀をお勤めさせていただいた時のことです。

葬儀社の方から、葬儀の後にその方がお若いころに書かれたエッセイを皆様の前で読み上げる旨を、打合せの時に伺いました。

控室に戻ろうかとも思ったのですが、故人様の生前のことを伺う機会でもあるため、葬場勤行の後、すぐに退出をせず式場後方で私も拝聴することにいたしました。

「満期も方便」

故人様が若かったころ、お母様から「生命保険が満期になるから自分と娘3人で旅行に行かない?」

と誘われたことから始まるエッセイでした。

エッセイの細かい内容は私が説明することではありません。生命保険協会のサイトから1995年のエッセイ集が見られますし、

上に書いたエッセイのタイトルにリンクが張ってありますので、内容は是非そちらをご覧になってください。

この文章から、故人様のお母様の優しさや、ご家族への愛情。そして、故人様からお母様への感謝などが深く感じられます。

ここで、一番私に響いたのが「満期も方便」というタイトルです。

「嘘も方便」という言葉から「方便=嘘」ととらえられてしまいがちですが、方便という言葉の意味は「嘘」ではありません。

「真実に導くための手立て」を、方便というのです。

また現在では、「目的に導くための便宜的な手立て」として使われることもあります。

このエッセイからは、子どもたちと離れて暮らし、家を出た娘たちと触れ合う機会も減ってしまったからこそ、みんなでゆっくり時間を過ごすため。

そして、大人として1人立ちした娘たちに甘える時間、肩の荷を下ろす時間を作るために

「生命保険が満期になる」という手立てを使って、3人の娘さんと水入らずで過ごそうというお母さんの思いが伝わってきます。

この言葉が嘘かどうかは問題ではありません。この言葉には娘さんに対する深い愛情と優しさが詰まっていると私は感じました。

方便とは、もともと仏教の言葉です。

悟りの如来が、いまだ迷いの中にある衆生を救わんとする様々な手立てを方便と言います。

阿弥陀如来は、自力修行に励む人を他力真実の教えに導くために、方便自力の門を示しました。

また、衆生の素養によって巧みに教化するための手段を方便とも申します。

阿弥陀如来もまた、私達には感じることのできないお悟りそのものである「真如(しんにょ)」もしくは「法性法身(ほっしょうほっしん)」より具体的な姿をもって来生し、救いの主として名乗り出てくださった「方便」のおすがたでもあるのです。

私達を救うための易しい手立てとして現れ出でて、「南無阿弥陀仏」のお救いをもってはたらいてくださっているのが阿弥陀如来。

方便には、衆生を思う如来の慈悲。

そして私たち衆生の有様を見抜き、必ず救われるよう整えあげてくださった易しさがあるのです。

私に届く如来の慈悲のぬくもりを、「満期も方便」というこのエッセイから改めて感じさせていただくことが出来ました。

ご本山から頂戴する御本尊の裏書には「方便法身の尊像」と記されています。

私を救う手立てこそ、方便であった。

「方便」という言葉の持つ、「優しさ」と「易しさ」をあらためて感じ、

今月の掲示を

「方便とは、やさしき手立てです」

にいたしました。

 

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